リキシャに新たな問題が発生した。左右のペダルを結ぶクランクシャフトが曲がってしまったのだ。異変に気づいたのは昨日の夜だったが、もう自転車屋さんは店を閉めていたので、翌朝改めて出直すことにしたのだ。
幸いなことに「西垣じてんしゃ」のご主人はとても親切だった。僕が以前沖縄でも似たような故障が起こったこと、そのときはベアリングを交換したことを伝えると、わざわざホームセンターまでベアリングを買いに行ってくれた。 しかしいざ分解してみると、想像以上にひどい状態だとわかった。ベアリング自体は壊れてはいなかったのだが、クランクシャフトの真ん中に金属疲労のひびが入り、ほとんど折れかかっていることがわかったのだ。 「これはひどいなぁ」とご主人。「うちにも似たようなクランクはあるけど、やっぱり規格が違うから合わないね。これは焼き入れしてあるから、加工するのは難しいしね」 思わず天を仰いでしまった。 このままペダルを漕ぎ続ければ、おそらく一日も経たないうちにクランクが完全に折れてしまうことだろう。かといって日本にはこれと同じ部品は存在しない。残された最後の手はバングラデシュから部品を送ってもらうことだが、当然それには時間がかかる。 「あぁ、このクランクは溶接してあるんだな」とご主人が言った。 「溶接?」 「うん、以前にも同じように折れたのかもしれないね。ほら、ここを見て。溶接の跡が残っているでしょう。ということは、この傷も溶接してもらえば直るかもしれない」 「本当ですか?」 「ええ、知り合いの溶接工場の社長に掛け合ってみますよ」 僕らは軽トラで溶接工場に向かった。そこは「溶接のことなら子供の自転車から重機まで、何でもやります」という頼もしい町工場で、つなぎを着た社長さんは「これなら直るよ」と断言した。実際、ものの10分で作業は終わった。すごい。すごいけど、これで本当に大丈夫なのだろうか。 「あぁ、溶接ってのは1平方ミリあたり50キロの荷重に耐えられるんだよ」 ほうほう、溶接というのはそんなにタフだったのですね。おみそれしました。そういえば大学の実習でアーク溶接だのガス溶接だのをやったんだった。あれはなかなか面白かった。 「でも普通はクランクを溶接したりはしないよな。そんなことしたら弱くなる。日本だったら絶対にやらないよ。バングラデシュっていうのはすごい国だな」 「万事がそういうところなんですよ」 長くなるのであえて説明はしなかったが、このブログを最初から読んでいる皆さんにはおわかりだと思う。これまでに何度もバングラ製品の質の悪さやバングラ人のアバウトさに煮え湯を飲まされてきたかを。 ![]() 【溶接してもらったクランク。これで修理が完了した、はずだったのだが・・・】 とにかく「西垣じてんしゃ」のご主人の機転と、溶接工場の職人の腕前によって、リキシャは何とか息を吹き返したのだった。 しかしこれで万事が解決したわけではない。リキシャは相変わらず満身創痍で、いつまた故障するかわからない状態なのである。クランク周りの修理も万全ではないし、タイヤだってかなり摩耗している。後輪のゆがみもひどい状態だ。錆びて折れたスポークに応力が集中して、車輪自体が変形しているのだ。 右後輪の軸受け部分にも問題がある。ベアリングの中にゴミが入っていて、潤滑油が切れると「キュルキュル」という不快な音を発するのだ。ベアリングが完全に破損するのも時間の問題だろう。 これらの問題を100%解決するのは難しい。不可能ではないが、部品が手に入らないから時間がかかってしまう。 走行距離はすでに5000キロを超え、リキシャはくたびれている。あちこちから聞こえる異音は、「助けてくれ!」というリキシャの叫び声なのだ。 これからゴールまでの道のりは、不平不満を口にするリキシャをなだめすかしながら進む日々になりそうな予感がした。 修理に手間取ったので、今日は長い距離を走ることはできなかった。 幌別から室蘭、伊達を経て、洞爺湖町まで行くのが精一杯だった。 室蘭市を過ぎるときついアップダウンが多くなった。交通量の多い一車線の道をリキシャを引っ張ってノロノロと歩くのは若干気が引けるのだが(後ろを振り返ると渋滞が起きていることもある)、他に方法があるわけでもないので、最近では開き直り気味に堂々と歩いている。 伊達市に入ったところで、よく日に焼けたおじさんに声を掛けられた。 「こんな乗り物で日本一周を? 本当に頭が下がるなぁ」 そう言って労をねぎらってくれた。 「おじさんは山登りが好きでな、昨日もあそこに見える羊蹄山に登ってきたばっかりなんだ。全部で8時間かかったけどな、君のリキシャに比べたらなんてことはないな」 「そんなことはありませんよ」 「いやいや、本当に頭が下がるなぁ」 おじさんは長い間東京で働いていたそうだが、7年前に思い切って仕事を辞めて、地元の北海道に戻ってきた。生活費はさほどかからないから、贅沢さえしなければ仕事がなくても十分暮らしていけるのだという。 坂道を登りきったところで飲んだ冷たい水は感動的にうまかった。農家のおばさんが自転車を止めて、持っていた魔法瓶の水を飲ませてくれたのである。 「朝4時に起きて、この自転車で農地まで行って、夕方の4時まで仕事するの」とおばさんは言う。「キュウリ、キャベツ、トマト。なんでも作るのよ。いつもこの坂を登りきったら、水を飲んで休憩することにしているのよ」 ![]() 【畑にブロッコリーを植えているご夫婦。8月下旬に植えて、収穫するのは11月頃。「儲からない農業をずっとやってるの」と奥さんは言う】 洞爺湖町にたどり着いたところで夜になったので、本日はここに泊まることにする。 洞爺湖町はサミットを開いたことで有名になった洞爺湖を擁する町だが、観光目的で来る人はみんな洞爺湖畔のリゾートホテルに泊まるので、洞爺駅の近くは閑散としていた。営業している旅館も一軒しかなかった。そしてその旅館も泊まり客は僕だけという有様だった。 ![]() *********************************************** 本日の走行距離:54.2km (総計:5076.7km) 本日の「5円タクシー」の収益:0円 (総計:64815円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-09-07 17:22
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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