象潟の漁港には、漁船のペンキ塗りをする漁師たちの姿があった。1年に一度赤いペンキを塗り直す。こうしないと貝が船底にへばりついて船の速度が落ちてしまう。この漁船は刺し網漁をしていて、ヒラメや甘鯛などが捕れるという。
![]() 象潟の町を南に下っていると、畑仕事をしていたおばあちゃんからスイカをいただいた。 「ほら食べれ。あんまりうまくねぇけどよな。8月のスイカは中玉でおいしいんだけどよ、これはもう遅いもんだから、うまくねぇんだ」 そんな「言い訳」とは裏腹にスイカはおいしかった。シーズンのものはもっと甘いのだろうが、リキシャを漕いで大量の汗をかいている体には、少々水っぽいぐらいがちょうどよかった。 キヌ子ばあちゃんの畑にはカリフラワーやキャベツ、ネギやナスやシソなどの野菜が所狭しと植えられていた。 「畑さ来ると、ゆっくりするの。とれたもんを食べるのよりも、育てる方が楽しいんだ。毎日少しずつおっきくなるのを見ているだけでも楽しいの。それに野菜ば作ってると、頭もボケないようですな」 とれた野菜は自分だけでは食べきれないから、ご近所や親戚にあげる。人が喜ぶのを見るのが何よりも楽しい。タマネギなんて年に4回も送る。 ![]() キヌ子ばあちゃんは明るくてよく喋るおばあちゃんだった。生まれは山形県だが、結婚を機に秋田に越してきた。しかし40代の頃に旦那さんを亡くしてしまう。 「脳卒中だったの。秋田県は脳卒中で死ぬ人が全国一多いんだと。酒も飲むし、しょっぺぇ漬け物を食べるからな。それから秋田は自殺率も一番なんだ。悪い方の一番だけどな」 旦那さんが亡くなってからは苦労もしたが、娘が勤めに出てくれたので、今はとても幸せに暮らしている。 「その娘も今年60歳で定年なの。おばあちゃん二人になっちまうな。でもまさかオレも80歳まで生きるとは思わねかったなぁ。いやいや、わからんもんだなぁ」 ![]() キヌ子ばあちゃんと別れてから、しばらく国道7号線を南下していると、後ろからチャリダーが追いついてきた。ただのチャリダーではない。ママチャリで日本一周をしている若者であった。彼の自転車は使い古された本物のママチャリで、駅前に放置されているのを失敬してきたと言われても、そのまま信じてしまいそうな代物だった(そうじゃないよね?)。 旅に必要な道具はリュックにまとめて自転車の荷台に積んであるのだが、そのリュックの上にはTシャツやパンツなどが無造作にくくり付けられている。 「今日は天気がいいから、洗った服を乾かしながら走っているんです」 なるほど。確かに合理的である。しかし事情を知らない人がこれを見たら、ホームレスだと勘違いするんじゃないだろうか。旅をはじめてから3ヶ月。あまり他人の視線が気にならなくなったとのことだが、もうちょっと気にしてもいいんじゃないかい。 ![]() ママチャリ旅行者の田辺君は大学3年の時に就職活動をやめて、旅に出る決意をした。自分がなにをやりたいのかもわからないのに、周りに流されて就職をしても長続きしないだろうと思ったからだ。千葉県を出発して北海道に渡り、アルバイトをしながら旅を続けている。 「どうして旅に出たんだってよく聞かれるんです。毎日のように。そのたびに考え込んでしまうんですよ。理由がないわけじゃないんです。でもそれを言葉にしようとすると、どれもぴったりとこない」 「この旅が終わったときに見つかるかもしれないね」 「そうですね。でも結局は見つからないかもしれない」 「そのときはまた旅に出る?」 「そうかもしれません。外国にも行ってみたいんです。でも言葉が通じないからちょっと怖くて」 「大丈夫、何とかなるよ」 田辺君は「とびっ子」というあだ名を持っている。彼は高校生のときに校舎の三階の窓から飛び降りたことがある。だから「とびっ子」。無茶苦茶である。友達からはヒーロー扱いされたが、それと引き替えに全治3ヶ月の重い捻挫という代償を払わなければならなかった。昔から少々変わり者だったようだ。 田辺君は別れ際にサツマイモを僕にくれようとした。焼きイモではなく、生のイモである。さっき産直で買ったばかりだそうだ。気持ちはありがたいけど、調理のしようがないので断った。 「それ、どうやって食べるの?」 「携帯用のガスバーナーで焼こうかと。それが無理だったら茹でて食べます」 発想がワイルドである。野生である。どうしてもっと調理のしやすい食べ物を買わなかったのだろう。どうしても芋を食べたい気分だったのだろうか。 ![]() 【糞害に憤慨。気持ちはわかるが、なにもそんなにペットボトルを並べなくてもいいじゃないか。まるで結界である】 今日は不思議な天気だった。日本海の海上はきれいに晴れているのに、内陸は分厚い雲に覆われているのだ。半分は青空で、半分は曇り空。その境界線をひた走った。 ![]() 秋田県と山形県の県境を通り過ぎ、遊佐町に入ったところで、白い犬を助手席に乗せたおじさんが車を止めて話しかけてきた。学校の先生をしていた今野さん。若い頃から登山が好きで、61歳の時にはエベレストにも登頂した。ネパールやインドでリキシャを見た経験もあるという。 「昔の登山仲間は何人か山で死んでいるんだ。もう俺も年だから、日本各地にいる仲間を訪ねたり、墓を回ったりして、余生を過ごそうかと思っている」 アップダウンの続く海岸道路を抜けると庄内平野である。言わずと知れた米どころだ。稲刈り直前で黄金色に輝く田んぼが、はるか遠くまで広がっている。なんという実り豊かな光景だろう。 酒田から鶴岡にかけては昔から米作りをしている農家が多く、古い日本家屋が並んでいた。落ち着いた街並みは映画「おくりびと」のロケにも使われたそうだ。 ![]() ![]() *********************************************** 本日の走行距離:68.3km (総計:5585.9km) 本日の「5円タクシー」の収益:35円 (総計:71175円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-09-17 20:21
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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