ここのところずっと不安定な天気が続いている。昨日は爽やかに晴れ上がったものの、今日はまた雨模様だ。
いつ雨が降り出してもおかしくないような鉛色の空を見上げながら荷物をまとめて宿を出ると、それを待ちかねていたように雨がぽつぽつと落ちてきた。あぁ・・・。 カッパを着てリキシャにまたがる。まだ小雨なので、本降りにならないうちにできるだけ進んでおくことにしよう。 海岸線をしばらく進むと、稲刈りをしているおばさんたちに出会った。稲刈り機ではなく、カマを使った手刈りだった。 「この田んぼはちっちぇし、土がぬかるんでいるから機械も入れないのよ」 とまもなく80歳を迎えるというおばあさんが言った。 「子供の頃からこうやって稲刈りしてきたから慣れたもんよ。でもよぉ、近頃は体のあちこちにガタが来ているんだ。膝も腰もよくねぇ」 そう言うわりには、おばあさんのカマさばきは的確で素早かった。さすが大ベテランである。 このあたりは海岸線のすぐそばまで山が迫っているので平地が少なく、他人に売るほどたくさんの米がとれるわけではない。小さな田んぼに家族が食べる分だけの稲を植えているのだ。 刈り取った稲は、竹の棒を何本も並べた台に吊して、一週間程度乾燥させる。これは『はさがけ』という昔からの乾燥法で、こうして天日干ししたお米は機械で乾燥させた物より味がいいのだそうだ。 カマで稲を刈るのは女性の仕事で、それを運んで『はさがけ』にするのは男性の仕事だった。こういう男女の役割分担はアジアの国々とも共通している。田植えも稲刈りも主役は女性である。男はそのサポート役に徹する。昔の日本もおそらくそうだったのだろう。 ところで、このあたりに住むおばさんたちはみんな頭に頭巾のようなものを被っているのだが、これが何なのか、前々から気になっていた。まるでムスリム女性が被るチャドルのように、目のところだけがスリット状に開いていて、外から顔が見えないようになっているのだ。 「これは『おかぶり』っていうの」 と稲刈りをしているおばさんが手を止めて説明してくれた。もちろん彼女もおかぶりを被っているので、こちらからは目しか見えない。 「江戸時代の殿様が助平だったんだ。よく田んぼさやってきて、気に入ったおなごをお城に連れて行ったんだって。でもやりたいことが済んだら、そのおなごは城の外にポイよ。そんなことがあったんで、ここらのおなごはみんな『おかぶり』を被るようになったって話さ」 なるほど。なかなか興味深い話である。この話が本当なら、ムスリム女性に似ているという僕の第一印象もあながち的外れではなかったということになる。ムスリム女性がブルカやチャドルで顔を覆うのは、「美しいものは隠しなさい」というコーランの教えに基づいている。既婚女性を他の男たちの無遠慮な視線から守る目的があるのだ。 「今は助平な殿様はいないけど、おかぶりは農作業には便利なんだよ。日焼けもしないし、ゴミやホコリなんかも防げるから」 「おかぶりをとってもらえませんか?」 「ダメダメ。私は顔に自信がないから、ダメ。美人も、そうでない人も、これ被っていると同じでしょ? それがいいんだ」 そういうわけで、おかぶりの下にどんな顔が隠されているのかは残念ながら確認できなかった。 稲刈りをする人々も雨をあまり気にしていない様子だったが、それは釣り人も同じだった。雨が降ろうが風が吹こうが、暑かろうが寒かろうが、釣り人というのは一貫して同じ姿勢をとり続けることができる気の長い性質の持ち主のようだ。たいしたものである。飽きっぽい僕なんかが手を出す趣味ではなさそうだ。 朝方は小雨程度だったが、走り出して2時間もすると本降りになってきた。しかし今さら走るのを止めるわけにもいかないので、カッパを着てリキシャを漕ぎ続けた。 村上市から新潟市までの道のりで特に記すべきことはほとんどない。ただただ雨に打たれて、頭の先からつま先までぐっしょりと濡れて、それでもひたすら前に進み続けた。これ以上進めないほど雨脚が強まったときには、農家のガレージで雨宿りをさせてもらったが、それ以外はずっと走り続けていた。 そうそう、胎内市で驚いたことがひとつあった。それは高さ40メートルもある巨大な像が突然目の前に現れたのである。看板には「親鸞聖人の像」とある。普通、こういう立像はお釈迦様や観音菩薩などをモデルにしているものだが、実在した親鸞聖人が巨大化して立っているというのはちょっと違和感がある。しかもコンクリートの質感そのままで、作りが粗いのである。顔の造形もマンガっぽい。誰がどのような目的で作ったのかは不明だが、そのチープさも相まって見た目のインパクトはなかなか強烈だった。 【親鸞聖人の立像。コンクリートの質感がチープだった】 雨宿りに時間を取られたせいで、新潟市街に入ったときにはもう日が暮れてしまっていた。雨降りでしかも夜。一番走りたくないシチュエーションだが、今日はなんとしてでも新潟市まで行くんだと決めていたので、我慢して進む。 本日の走行距離は79.5キロ。雨と風に一日中悩まされ続けたことを考えれば、相当に頑張ったと思う。やれやれ、本当に疲れました。 *********************************************** 本日の走行距離:79.5km (総計:5739.6km) 本日の「5円タクシー」の収益:0円 (総計:71460円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-09-19 19:29
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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