今日も早朝から雨模様だった。前線の動きが不安定らしく、毎日天気がころころと変わる。
最近、毎日のように雨のことばかり書いているので自分でも飽き飽きしているのだが、実際リキシャにとって雨は大問題なので書かないわけにはいかないのだ。 雨が上がったのは9時過ぎだった。のんびりと支度をして、10時に出発。しかししょっぱなからトラブルに見舞われる。リキシャの左ペダルが踏み込むたびに「ギギギ」という不吉な音を発しだしたのだ。一瞬、またクランクの故障かとも思ったが、どうもそうではなさそうだ。ペダルそのものに不具合が発生した模様。 しばらく走ったところに古い自転車屋があったので、ペダルの交換をお願いする。 「こりゃなんだい?」と店主は目を丸くした。「俺は70年生きてきたけど、こんな自転車を見たのは初めてだ」 僕はいつものように事情を説明した。これはバングラデシュから持ってきたリキシャという乗り物なんです。これで日本を一周しています。もう4ヶ月以上これに乗ってきて、いろんなところにガタが来ているんです。 「・・・というわけで、ペダルを交換して欲しいんですが」 「そりゃいいけどよ、こんな旅をしてゼニはどうするんだい?」 「そりゃまぁ、お金は必要ですね」 「そうだろう。『5円タクシー』なんて言って儲かるわけないもんなぁ。しかし、どうしてこんなことをやろうって気になったんだ? それが不思議だなぁ」 おじさんは「若い奴の考えることはわからん」と首をひねりながらも、どこか楽しそうだった。初めて見るリキシャに興奮を抑えられないようだ。 「こういう古い型の自転車は、最近の若いもんには直せんよ。技術を持った職人じゃないとな」 「ずっと自転車屋をやっているんですか?」 「ああ、そうだよ。あんたが生まれる前からずっとだ」 おじさんはリキシャのペダルをぐいっと力を込めて外し、その代わりに店にストックしてあった中古パーツを取り付けてくれた。ついでにクランクとペダルとを繋いでいるピンも交換してくれた。修理が終わると、さっきまでの不快な音はもうしなくなっていた。おぉ、素晴らしい。 「完璧です。ありがとうございました。おいくらですか?」 「いらんよ。タダでいい」 「本当ですか?」 「あぁ、あんたもゼニが必要だろうからな。その代わり、ときどきでいいからよ、新潟の自転車屋のことを思い出してくれや」 粋なセリフをさらりと口にできるのが格好良かった。根っからの職人なのだろう。つっけんどんな口調の中に、情の厚さが垣間見えた。 新潟市の南部には果樹園が広がっていた。ナシや桃やぶどうなどの果樹が延々と続いている。 果樹園ではときどき「ボン!」という号砲のような炸裂音がこだまするのだが、これは果実を食べに来る鳥を追い払うための装置である。周りが静かなだけに、いきなりの「ボン!」はかなり心臓に悪い。それからAMラジオを大音量で流しているところもあったが、これも鳥害対策のひとつのようだ。 【おいしそうなナシ】 軽トラックに乗ったおじさんが「兄ちゃん頑張ってるなぁ」と言って、とれたばかりの桃を二つくれた。 「これは日本最後の桃だ」とおじさんは言う。「桃は夏の果物だろう。でもうちで作っている品種は収穫が9月なんだ。だからこれが今年日本で食べられる最後の桃だ」 その桃は休憩のときにナイフで皮を剥いて食べた。果肉は硬めだったが、それでいて甘味がしっかりとあっておいしかった。 3時頃に再び雨が降りだした。ザーッという強い雨が突然降ってきたので、きっとにわか雨だろうと農家の倉庫で雨宿りをした。案の定、20分ほどで雨は上がり、すぐに日差しも戻ってきた。 巨大な虹が現れたのは、雨上がりの果樹園をゆっくりと走っているときだった。東の空に太くてくっきりとした色彩のアーチが出現したのだ。これはすごい。ここまで鮮やかな虹を見たのは、生まれて初めてかもしれない。よほど条件が良かったのだろう。太陽のある西の空はきれいに晴れ上がり、東の空にはまだ雨を含んだ雲が残っている。 僕はリキシャを止めて写真を撮った。リキシャに架かるレインボーアーチ。自然が作り出した七色の橋は極彩色のリキシャに見事にマッチしていた。 ここ数日雨に悩まされてばかりだったけれど、こういうご褒美がもらえるのなら雨もいいもんだ。そう思えた。 今日は長岡市まで行くつもりだったが、雨とリキシャの故障とで思うように進めなかった。 仕方なく、新潟市から40キロのところにある燕三条に泊まることにする。上越新幹線の駅のそばに造られた人工的な町だ。 *********************************************** 本日の走行距離:39.6km (総計:5779.2km) 本日の「5円タクシー」の収益:0円 (総計:71460円) ***********************************************
by butterfly-life
| 2010-09-20 21:20
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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