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149日目:再びの徳島(和歌山県和歌山市→徳島県鳴門市)
 昨日とはうってかわって雲ひとつない青空が広がる朝。
 いつものように夜明け頃に目を覚まして、昨日の日記の続きを書き、ブログをアップして、メールの返事をする。久しぶりに時間に追われていないゆっくりとした朝だ。

 宿を出て、和歌山市内をのんびりと走る。和歌山はこぢんまりとした地方都市だ。大阪府の隣に位置してはいるが、高層ビルはほとんどなく、駅前ですら静かだ。
 「七曲商店街」という看板がかかった古いアーケードがあったので、リキシャを押して歩いてみた。明かり取りの天井から差し込む光が不十分なので昼間でも薄暗く、それが古きよき下町の商店街の雰囲気を醸し出している。
 昔は100軒以上の店があり、安さと新鮮さで大いに賑わっていたそうだが、徐々にシャッターを下ろす店が多くなり、今でも残っているのは20軒ほど。それでもこの商店街には意外なほど活気があった。平日の朝だというのに買い物客でごった返していた。



 焼き鳥屋さんからは香ばしい煙が漂ってくる。
「うちのタレは50年前のものやからな。創業当時からずっと継ぎ足してつこうてるんや」
 とおかみさんが自慢げに話す。確かにここの焼き鳥は濃厚なタレが絡みついてうまい。なにわの味である。商店街の空洞化にも負けずに生き残れるのは、こういう強いポリシーを持った店なのかもしれない。





 徳島へ渡るフェリーは、和歌山市街の西にある港から出る。
 一日に8便、3時間おきに船が往復しているということだから、利用者はかなり多いようだ。
 ちなみに大人ひとりの運賃は2000円。自転車を乗せても同じ値段だ。
「キャンペーンをやっているんです。普通は自転車運賃が600円かかるんですけど、今は無料なんです」
 と受付のおじさんが説明してくれた。
 ブラボー! 「600円のところを半額の300円に」というようなキャンペーンならよくあるが、まるまるタダにするという太っ腹なところが素晴らしい。自転車旅行者に優しい南海フェリーさん、あんたはエラい!



 10時50分、定刻通りフェリーは和歌山港を離れた。
 瀬戸内海は穏やかで、船はほとんど揺れなかった。デッキに出ると狭い海域を行き交う貨物船や漁船の姿を見ることができる。波頭が日差しを受けてキラキラと光っている。

 とても気持ちのいい2時間の航海を終えて、午後1時に徳島港に到着。さっそく市内を走ってみる。
 ちょうど7ヶ月ぶりの徳島はなんだか懐かしかった。知っている土地、知っている風景をもう一度リキシャで走るというのはほとんど経験がないだけに、ちょっと不思議な感覚があった。

 県庁近くの商店街に店を構えるシュウマイ屋さんでは、蒸したてのシュウマイをお腹いっぱいご馳走していただいた。肉がやわらかくてジューシーな本物のシュウマイ。ご主人は台湾が大好きで、何度も台湾に行って屋台の料理を食べ歩いているのだそうだ。そこで覚えた本場の味なのだろう。
 僕が沖縄から北海道まで旅してきたのだというと、それは大変なことやったなぁと、またシュウマイを一盛り出してくれた。
「沖縄もよう行ってたんよ。まだ沖縄が日本やなかったときにな。アメリカに占領されてた時代や。でもその頃の沖縄はええところやったよ。人も文化もむしろ台湾の方に近かった」


【シュウマイを包むご夫婦】

 旅の最初に訪れたときにも、徳島の人は親切だった。お遍路さんに対する「お接待」の文化があるからなのか、旅人に対してとても優しかった。それは二度目の徳島でも同じだった。
 野菜ジュースをご馳走してくれたのはカンカン帽を被った若い女の子だった。彼女は「ベジフル」という自然農で作った野菜を使ったジュースを出すお店で働いている。まだできてから3ヶ月しか経っていない新しい店だが、健康志向の強いお客から支持されているようだ。
 何でも好きなジュースを頼んでください、と言われたのだが、カウンターに並んでいるのはどれも味が全く想像できないジュースばかりで戸惑ってしまった。
「こちらはいかがですか? モロヘイヤと小松菜のジュースです」
「モロヘイヤと小松菜? うーん、それは・・・」
「まぁ騙されたと思って飲んでみてください。おいしいですから」
 そう言われて出てきたのは、当然のようにモロヘイヤ&小松菜の緑色をした液体。誰がどう見ても青汁である。こんなものが本当においしいのだろうか。ちょっと信じられない。
 しかし僕の予想を裏切って、このジュースはなかなかいけた。フルーツジュースのように甘くはないけど、青野菜の臭みはちゃんと消えているし、喉ごしも悪くない。野菜とフルーツのミックスの仕方が絶妙なのだろう。
「これでビタミンを取って、ゴールまで頑張ってくださいね」
 と彼女は素敵な笑顔で言った。ありがとう。頑張ります。


【左がベジフルの斎藤さん。帽子がよくお似合いですね】

 住宅街の中を走っているときに、「写真を撮ってもいいですか?」と声を掛けてきたのは専門学校生のリサさん。一眼レフデジカメを首にぶら下げて町中をうろうろしていたら、たまたまリキシャが通りかかったというわけだった。
「今日はとっても天気がいいじゃないですか。だから学校を早退してきたんです」
「天気がいいから?」
「はい。ちゃんと先生にも許可を取ってきたんですよ。『今日は天気がいいから写真を撮りに行きます』って」
 なんて自由な学校だろうか。彼女が通っているのはグラフィックデザインの専門学校らしく、「書を捨ててよ、街へ出よう」なんてことに理解があるのかもしれないが、それにしても自由ですね。
 リサさんは「5円タクシー」の乗客になってくれたのだが、バッグの中からどうしても財布が見つからなかったので運賃は払ってもらえなかった。
「ごめんなさい。お財布忘れてきちゃったみたいです。どうしよう。何か特技を披露しましょうか?」
「5円分の特技?」
「はい」
 これまで何百人もの人にリキシャに乗ってもらったが、そんなことを言い出した人は彼女が初めてである。ユニークな発想だ。
「こういうのはどうです? わたし腕を360度ねじることができるんです」
 彼女はそう言って、右腕を一回転ねじってみせてくれた。確かに関節は普通の人よりも柔軟なようだ。すごいといえばすごい。それに5円の価値があるかどうかは見る人次第だと思うが。


【この状態で腕を360度ねじっているんです】

「でもそれって難しいことなの?」
 別に彼女を疑っているわけではなかったのだが、何となく僕にもできそうだったのでやってみると、実際にできてしまったのである。なんだ腕ってこんなにねじれるんだ。
「あらー、できちゃいましたね。困ったなぁ」と彼女は苦笑いした。
「別にいいよ。今のが運賃ということにしておきましょう」
「今度会ったときに払います。絶対に払いますからね」
「じゃあそうしてください」

 徳島市を北上して鳴門市に向かう。旅の最後にどうしても会っておきたい人が鳴門市にいたのである。
 島津おばあちゃん。畑にはえている大根を二本もくださったおばあちゃんである。日本一周を達成できたら、あのとき撮った写真を渡そう。そう決めていたのだ。
 島津おばあちゃんと出会った場所はだいたい記憶していたから、あとはそれを頼りに家を見つけるだけだった。付近の家の表札を一軒ずつ確かめながらリキシャを走らせていると、向こうからよく日に焼けたおばあさんが自転車に乗ってやってきた。あぁ、大根おばあちゃん!
「あらー、あんた前におうた人やねぇ!」
 おばあちゃんは顔を皺だらけにして笑った。彼女もちゃんと僕のことを覚えてくれていたようだ。よかった。こんなかたちで再会できるとは、やはりご縁があるのだろう。
「いま梨を売っているところなんよ。あんたもよかったら一緒に来なさい。おいしい梨あげるから」
 というわけで僕はおばあちゃんの自転車の後ろについて、国道沿いにある梨の直販所に向かった。このあたりには梨畑が多く、それを直接売る店もぽつぽつとあるようだ。島津おばあちゃん自身は梨農家ではないが、友達から頼まれて1年のうち3ヶ月だけ販売所で働いている。



「私も人と話すんが好きやから、商売するんは楽しいよ。頭も使うから、ボケんしな」
 3月に出会ったとき、おばあちゃんは「健康の秘訣は前向きに生きること。毎日働くこと」だと言った。ちゃんとそれを実践しているのだ。なんだか嬉しくなってしまった。
「あんたとまた会えるとは思わなんだよ」とおばあちゃんは言った。「それがこうやって会いに来てくれるんだからなぁ。ほんとに嬉しいよ」
 おばあちゃんは売り物の梨をひと山持たせてくれた。「新高」という品種の梨はものすごく大きくて、通常の梨の3倍はあるのだが、それを4つも持たせてくれたので、リキシャの荷台は梨で溢れそうになった。
 あのときと同じじゃないか、と僕は思った。泥付きのままのぶっとい大根を二本もくれたおばあちゃん。僕が「旅をしているからもらっても困るんです」と言っても、全く聞く耳を持たなかったマイペースぶりは今回も健在だった。
「どうもありがとうございました。これは家族へのお土産にしますよ」
「あんた嫁さんがおるけぇ。そうか。それじゃ次来るときは子供も連れて来たらええ。あんたは孫みたいなもんだからな。ひ孫の顔を見せに来てくれぇよ」



 この日泊めていただいたのは、鳴門市に住む宮崎さんのお宅。旅の初日も泊めていただいたのだが、再び徳島を訪れるつもりだと連絡すると、「ぜひまた泊まってください」と招いてくださった。
 宮崎さんの家では、宮崎さんが勤めるパン屋さんの新人「こてっちゃん」が待っていた。彼女は「5円タクシー」の運賃として、ぴかぴかに磨いた5円玉と青いビーズで作ったネックレスを作ってもってきてくれた。「ご縁ネックレス」。南太平洋の島にある貝で作った貨幣みたいにずっしりと重くてきれいだった。

 それから僕ら三人は鳴門駅のそばにある「くいしん坊」というお好み焼き屋に行った。この店のおかみさんはよく喋る陽気なおばちゃんだった。旦那さんを亡くしてからはずっと一人でお店を切り盛りしているのだが、あと5年、80歳になるまでは続けるつもりだという。「年金だけでは心許ないから」というのが本人の弁だが、本当は働くのが好きなのだと思う。
 僕が働いているおかみさんにカメラを向けると、彼女は照れて顔を背けた。
「わたし写真は苦手なんよ。いっつも変な風に写るから。撮ってもええけど、後で修正してくれるか?」
「そのままで十分にきれいですよ。修正なんてする必要はありません」
「まーたそんなうまいこと言うて。でも年取ってくるとな、足も動かんようになるし、髪の毛だって薄くなる。そういうもんよ」


【くいしん坊のおかみさん。75歳には見えない】

 お好み焼き屋さんを出てから、寿司屋に行った。回るお寿司ではなくて、本格的な寿司専門店である。
「今日は僕のおごりですから、好きなだけ食べてください」
 と宮崎さんが言うので、普段はまず食べることのないネタが大きくて新鮮なお寿司を目一杯食べさせていただいた。はぁ幸せ。若いこてっちゃんは「こんなおいしいお寿司食べたのは、生まれて初めてです」と感動に打ち震えていた。

 宮崎さんのリキシャ旅への思い入れは相当なもので、ブログやツイッターを毎日チェックするのはもちろんのこと、僕自身が書いたかどうかもよく覚えていないことまでしっかりと記憶しているのだった。そこまで熱心な読者はそう何人もいないだろう。
「ついにゴールなんですね」と宮崎さんは言う。「もちろん嬉しいんだけど、明日で旅が終わっちゃうというのは正直寂しいなぁ」
 そんな風に言ってもらえるのは本当に嬉しいのだけど、どんな旅にも必ず終わりがある。永久に旅を続けるわけにはいかない。
 だけど、ひとつの旅の終わりは、また別の旅のはじまりに繋がっている。


【パン職人の宮崎さん】

「僕はパン屋で働いているから、長く旅をすることができない。だからこそリキシャの旅に自分自身を重ねていたのかもしれません。この徳島をスタートしたリキシャが、沖縄を走ったり、北海道で故障したりしている。今日もどこかの空の下を走っている。そう思うと、よし今日も一日仕事を頑張ろうって気持ちになれたんです」
 宮崎さんははたらきものである。毎日早朝3時に出勤してパンの仕込みを始める。何週間も休みが取れないこともざらで、夜は疲れ切ってビールを飲んで寝るだけという日も多い。
 彼のような「はたらきもの」を写真に撮ろうとするとき、やはり自分自身が「はたらきもの」にならなければいけないという気持ちがどこかにあった。
 それが体力を限界ギリギリまで使って毎日リキシャを漕ぎ、強風や雨や峠道に立ち向かわせる力になったのだと思う。


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本日の走行距離:40.4km (総計:6521.2km)
本日の「5円タクシー」の収益:955円 (総計:74605円)

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by butterfly-life | 2010-10-03 04:24 | リキシャで日本一周


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