旅の神様が護ってくれる (ミャンマー旅行記3)

ガソリンスタンドがない理由


 僕が借りたバイクはメーター類がすべて故障していた。スピードメーターと距離計が壊れているのは許容できるとしても、燃料メーターが死んでいるのには参った。いったいいつ給油したらいいのかわからないからだ。しかもこのバイクは燃料タンクが3リットルしかないので、うっかり給油を忘れるとすぐにガス欠を起こす危険があった。

「ガソリンをいつ入れるかって? それは感覚だよ」
 ミスター・トーは涼しい顔で言う。
「感覚って何だよ」
「ここからザガインまで往復すると1時間ちょっとかかる。それで1リットル入れるって感じだな」

 彼曰く、中国製バイクが備えているメーターはただの「お飾り」で、新車を買ってもすぐに壊れてしまうのだそうだ。直してもまたすぐ壊れるから誰も直さない。だからマンダレーを走るバイクのメーターは、ほとんどすべて動いていない。土地勘のある人、毎日同じルートを走る人ならそれでも構わないのだろうが、僕のような旅行者に「感覚でガソリンを入れろ」というのは無茶な話である。

 もっともマンダレー市内を走っている限り、ガス欠の心配をする必要はなかった。ガソリンをペットボトルに詰めて売る「ガソリン屋台」が町のいたるところにあったからだ。


ペットボトル入りのガソリンが並ぶ屋台


ガソリン屋台ではおばちゃんが手作業で給油してくれる。1リットル1000チャット(100円)ほど。

 ガソリン屋台はいくらでもあるというのに、本物のガソリンスタンドがひとつもないのには理由があった。「火災が起きると危ないから」とマンダレーの市街地にはガソリンスタンドを作ることが禁止されているのである。

 実際、乾季のマンダレーでは火事が頻繁に起きている。酷暑の4月には、消防車がサイレンを鳴らしながら走り回るのが街の風物詩になっているという。高温と乾燥した空気によって、火の手が上がるとあっという間に燃え広がってしまうのだ。最近も市場で火事が発生し、建物の大部分が灰になってしまったそうだ。


ミャンマーの消防車はカッコいい。昔のアメコミに出てきそうなクラシカルな車体だ。

 しかし「火事の原因になるからガソリンスタンドを作らせない」というのは、これまたずいぶん極端な話である。他の国でそんな話は聞いたことがない。安全基準を満たしたスタンドを作らせればいいだけではないか。規制の真意はどこか別のところにあるのでは、と疑いたくなってしまう。



旅の神様が護ってくれる


 予想通りではあったが、僕が借りた中国製バイクは毎日のように故障した。パンクはもちろんのこと、ミラーがもげたり、ヘッドライトがつかなくなったり、ガソリンが漏れ出したりした。もともと品質が粗悪なのに加えて十分にメンテナンスがされていないのだから、これはまぁ当然の結果である。

 1日2、30キロの距離をトロトロと走る分にはそれほど問題にはならなかったのかもしれないが、僕のように毎日2、300キロもの距離を走り続けるというヘビーユースな日々にはとても耐えられなかったようだ。


ベアリングもあっさり壊れてしまった。目立たない部品は徹底してコストカットされているのが中国製バイクである。

 それでもさほど深刻な事態には至らなかったのは、故障が起きたときには必ずと言っていいほどすぐに修理屋が見つかったからだ。

 困っていたら、誰かが助けてくれる。トラブルが多い土地には、それをフォローする体勢も整っている。僕は経験的にそれを知っているから、どんなときも楽天的に「まぁ、なんとかなるでしょ」と構えていられたのである。


バイク修理屋はどんな田舎にも必ずある

 実際、国道を走っているときに突然チェーンが切れてしまったことがあったのだが、そのときもバイクを押して50mも歩かないうちに修理屋が現れたのだった。これはもう「運がいい」というレベルではない。「僕は旅の神様に護られているんだ」と言いたくなるようなタイミングの良さだった。

 パコックの町に向かっていたときには、ほとんど集落がないような田舎道で後輪がパンクしてしまった。周りには木々と草原しかない。「これはまずいことになったなぁ」と思いながら緩やかな坂道を下っていくと、そこに古タイヤを看板代わりに並べたパンク修理屋がひょっこりと現れたのである。まるで僕を待ち構えていたかのように。

 こんなに都合良く修理屋が現れるなんて、いくらなんでも話ができすぎている。これには何か裏があるんじゃないだろうか。そんな疑いの気持ちを抱きながら、僕は修理屋の前にバイクを止めた。ひょっとしたら修理屋の主人が道路に小さな釘だか針だかをこっそり撒いておいたんじゃないか。僕は「自作自演」を疑っていた。



「パンクかい?」
 修理屋の若い兄ちゃんは後輪を引きずっている様子をちらっと見ただけで、余計なことはなにも言わずにさっさと修理を始めた。クールな職人気質なのだろう。慣れた手つきでレンチを回して後輪を外し、ホイールからタイヤをはずしてチューブを引っぱり出した。

 それから水を張ったたらいの中にチューブを浸して、空気が漏れている場所を探した。気泡がプクプクと出てきたのは、以前パンク修理したときに貼られたパッチの継ぎ目だった。パッチの接着力が徐々に弱まっていたのだろう。パンクは釘など異物を拾って起きたものではなかったのである。

 疑ってごめんよ。僕は心の中で彼に謝った。
 彼はまっとうな商売をしているまっとうな修理屋だったのだ。おそらくパンク修理の需要が多い場所を選んで、ここに店を開いたのだろう。確かにここは道が悪いわりにバイクがよく通るところなのである。

 支払った手間賃は500チャット(50円)だった。手際もいいし、値段も良心的だ。
 いやほんと、疑って悪かったよ、兄ちゃん。


自転車修理屋も多い

 マグウェの町ではヘッドライトとクラクションを直してもらった。どちらも緊急を要する故障だった。クラクションは遅い車を追い抜くときに必要だし、ヘッドライトがつかないと夜道を走ることが出来ないからだ。市街地を除けば、ミャンマーの道には街灯などは存在しないのである。

 しかしこの修理には意外なほど時間がかかった。単なる接触不良ではなく、配線ケーブルの被覆がボロボロに劣化していて、ケーブルをそっくり交換しなければいけなかったからだ。こうした目に付かないところには徹底的に手を抜く(よく言えばコストカットしている)のが、メイド・イン・チャイナの真骨頂である。

「中国バイクはプアーだよ。本当によく壊れるだろう?」
 と同情してくれたのは、マグウェでバイクの部品屋を経営するミンルウィンさんだった。
「私は2004年製のホンダのバイクに乗っているけど、修理なんてしたことがない。だからみんなにも説明しているんだ。中国バイクは安いけどよく壊れる。修理代を考えたら、最初から質の高いものを買った方がいいじゃないかって」

 ミンルウィンさんは部品屋の他に貴金属店も経営するお金持ちで、大の日本びいきだった。1年前にはホンダの四輪車フィットを購入した。ミャンマーで自家用車を持っているのはかなりのお金持ちである。中古車でも関税が65%もかかってしまうので、日本よりも高価だからだ。彼が買ったフィットも3年落ちにもかかわらず1650万チャット(165万円)もした。

「メイド・イン・ジャパンは確かに高いけど、品質には満足しているよ。車やバイクだけじゃない。うちで使っている電気炊飯器はタイ製なんだけど、日本メーカーのライセンスで作られたものだから、4年使っても一度も故障したことがない。中国製の炊飯器だとこうはいかない。1年も経たないうちに壊れるだろうね」



ホンダが強い町


 ミャンマーにおいて中国製バイクのシェアが圧倒的なのはすでに書いたが、ミャンマー第三の街である南部のモウラミャインだけは例外だった。この街を走るバイクはなんと99%がホンダ製だったのである。すれ違うバイクを一台ずつ確認したのだが(←なんて暇なことをやっているのは僕ぐらいだろう)、ものの見事にホンダだらけであった。中国製バイクはまったく見かけなかったし、ヤマハやスズキもお呼びではなかった。とにかくモウラミャインでバイクを見れば、それはホンダなのである。


モウラミャインではホンダが圧倒的シェアを誇っていた

 モウラミャインはタイ国境にほど近いこともあって、タイとの貿易が昔から盛んだったために、タイ工場で作られたホンダのバイクが大量に輸入されているのだ、と宿の従業員が教えてくれた。他の街では15万円以上するホンダのバイクが、ここでは10万円ちょっと買えるという。中国製バイクとの価格差は2倍程度に抑えられているので、それだったら信頼性の高いホンダを買おうということになっているようだ。

 日本製バイクも中国製に一方的にやられているだけではなかったのである。条件さえ整えば、日本製を買ってくれる顧客はちゃんといる。そのことをモウラミャインは証明していた。


モウラミャインの街にはホンダの代理店がたくさんあった

 モウラミャインの人々は僕が中国製バイクに乗っているのを見ると、
「なんでホンダにしないんだ?」
 と呆れた顔で聞いてくる。そして自分のホンダがいかに優秀か力説してくれた。まるで出来の良い息子を自慢するかのように。
「ホンダだったらエンジンオイルの交換以外ほとんどメンテナンスが要らないんだよ」
「うちのホンダは1990年製だけど、まだ元気に走っている」
「ホンダは中古品でも高い値段が付く。だからホンダを買うのさ」

 しかし、こうした意見はミャンマー全体から見ればまだ少数派なのである。今でも大多数の人は「たとえ故障が多くても修理屋があれば問題ない。だから安い中国製バイクがいい」と考えているのである。



 実際のところ、修理屋はあちこちにあるし、費用だってとても安い。そして何よりミャンマーには「時は金なり」という感覚を持つ人が少ないのだ。のんびりとした時間が流れるこの国には、「修理によって失われる時間がもったいない」などと考える人はいないのである。

 そんなわけで、メイド・イン・ジャパンのバイクが再びミャンマーを席巻するのはかなり厳しいのではないかと思う。


空いっぱいに広がるうろこ雲の下、中国製バイクにたくさんの鶏をくくりつけたおばちゃんが田舎道を疾走していた。
[PR]
by butterfly-life | 2014-02-12 12:01 | 旅行記2013


<< ミャンマーの学校は笑顔の宝石箱だった 「安かろう悪かろう」の中国製バ... >>