うさんくさい写真? 「あなたが撮った労働者の写真からは、どこかうさんくさいものを感じる。途上国の労働を過剰に賛美しているくせに、あなたは実際には額に汗して働いていない。それは偽善ではないか」 という内容のコメントをもらったことがある。 一枚の写真から何を感じ取るかは見る側の自由だから、中には「うさんくさい」という感想を抱く人がいても仕方ないとは思うのだが、「額に汗して働いている人間だけが労働者を撮る資格がある」という考え方は、はっきり言ってナンセンスだと思う。写真家が被写体をつぶさに観察し、深く共感し、愛するのはとても大切なことだが、被写体と「同一化」する必要はないからだ。 農民を美しく撮るために自らも農業に従事する必要はないし、旋盤工を力強く撮るために自らも旋盤工として働く必要はない。経験の有無が写真に影響を与えることは否定できないが、それが決定的な要因ではない。すぐれたスポーツカメラマンが自らもすぐれたアスリートである必要はないし、女性を美しく撮るグラビアカメラマンのほとんどは(セクシーでもなければ若くもない)男性だ。 僕はあくまでも部外者として「はたらきもの」を撮っている。それは「外部の人間だからこそ、そこにある美に気付くことができる」と信じているからだ。インドの小作農の多くは、自らの仕事が特別に美しいものだとは感じていない。彼らは当たり前の日常を淡々と生きている。誰が褒めてくれるわけでもない。そんな彼らに「光」を当てられるのは、その日常を当たり前だとは感じていないアウトサイダーだけなのだ。 ![]() 稲の収穫を行う男。刈り取った稲穂を頭に載せて運ぶ。 ![]() 刈り取った稲穂を田んぼに積み上げていく男たち ![]() アンドラプラデシュ州中部の精米所で、米俵が何百個も積み上げられていた。精米所では集められた米をボイラーで乾燥させ、精米機にかける。 ![]() 精米所には従業員が150人ほどいて、ここで精米された米の一部はバングラデシュなどに輸出されているそうだ。インドは米輸出国なのだ。 たくさん汗をかいたら、そのぶん作品に値打ちが出るわけでもない。たいして汗をかかなくても素晴らしい写真を撮る人がいる一方で、たくさん汗をかいてもつまらない写真しか撮れない人もいる。写真の価値は「そこに写っているもの」が全てだ。 しかしそれでも「額に汗すること」は決して無駄にはならない。僕自身はそう考えている。 2010年夏、僕は他の誰よりも(という言い方はちょっとオーバーだが、本当にものすごく)汗をかきながら旅をした。重量が100キロもあるリキシャという乗り物で日本を一周していたのだ。体力の限界に挑み続ける過酷な旅だったが、あの5ヶ月間を支えていたのは、バングラデシュで額に汗しながら重い荷物を運ぶ本物のリキシャ引きの姿だった。彼らがあれだけ大変な仕事を毎日こなしているのに、俺が簡単にこの旅を投げ出すわけにはいかないじゃないか。そうやって自らを鼓舞し続けた。あんなに無謀でバカバカしい試みをなんとかやり遂げられたのは、「自分もリキシャ引きの一員として汗をかいているのだ」という思いがあったからだった。 ![]() 大きな釜で数百人分のご飯を炊く男。結婚式で出される特別な料理のようだ。 ![]() 素焼きの水瓶を作るオリッサ州の男。木のヘラでポクポクと叩いて、形を作っていく。 インドの旅でも、いつも必要以上に汗をかいている。「エアコン付きの四輪駆動車に乗ってガイドと共に現場に向かい、ささっと写真を撮ってまた車に戻る」というようなプロっぽい旅は一度もしたことがない。小型バイクにまたがって嫌がらせのような悪路をひた走り、暑さと埃とお尻の痛さと常に格闘しながら、やっとこさ見つけた労働の現場を撮影しているのだ。 効率はものすごく悪い。失敗も多いし、余計な時間もかかる。もっとスマートに撮る方法はいくらでもあるだろう。でも、この「無駄に汗をかく」やり方が、僕には一番合っているのだと思う。 ![]() 建設資材になる川底の砂を運ぶ男たち。マッチョな男たちがパンツ一丁で働いている。 ![]() 橋の上から川に網を投げる男。3センチぐらいの小魚が捕れる。 僕は彼らと同じように働くことはできない。だからこそ、せめて彼らと同じように汗をかき、彼らと同じ目線でものを見て、彼らの体温を間近に感じながら写真を撮りたいと思っている。 働く人は美しい。 懸命に仕事に打ち込む人々の所作の中に、美しい光が宿ることがある。 蒸し暑く薄暗い部屋の中で、なにか神々しいものが見えることがある。 そんな瞬間を求めて、僕は旅を続けている。 ![]() 紡績工場で働く女性 ![]() オリッサ州の山岳地帯に住む少数部族の女たちが、畑を開墾するために土を運んでいる。
by butterfly-life
| 2015-08-11 15:35
| インド旅行記2015
|
ツイッター
■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 ![]() 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
全体 インド旅行記2016 インド旅行記2015 旅行記2013 インド色を探して 南アジア旅行記 東南アジア旅行記 インド一周旅行記 リキシャで日本一周 リキシャでバングラ一周 動画 バングラデシュの写真2011 カンボジアの写真2010 ベトナムの写真2010 パプアニューギニアの写真2009 インドの写真2009 バングラデシュの写真2009 カンボジアの写真2009 ネパールの写真2008 バングラデシュの写真2008 ミャンマーの写真2008 フィリピンの写真2008 スリランカの写真2008 東ティモールの写真2008 インドの写真2007 カンボジアの写真2007 ベトナムの写真2007 ネパールの写真2006 その他 未分類 以前の記事
2016年 08月 2016年 02月 2016年 01月 2015年 12月 2015年 11月 2015年 10月 2015年 09月 2015年 08月 2015年 07月 2015年 06月 2015年 05月 2015年 04月 2015年 03月 2015年 02月 2015年 01月 2014年 12月 2014年 07月 2014年 06月 2014年 05月 2014年 04月 2014年 03月 2014年 02月 2014年 01月 2013年 12月 2013年 11月 2013年 10月 2013年 04月 2013年 03月 2013年 02月 2013年 01月 2012年 12月 2012年 11月 2012年 10月 2012年 09月 2012年 08月 2012年 07月 2012年 06月 2012年 05月 2012年 04月 2012年 03月 2012年 02月 2012年 01月 2011年 12月 2011年 11月 2011年 10月 2011年 09月 2011年 08月 2011年 07月 2011年 06月 2011年 05月 2011年 04月 2010年 10月 2010年 09月 2010年 08月 2010年 07月 2010年 06月 2010年 05月 2010年 04月 2010年 03月 2010年 02月 2010年 01月 2009年 12月 2009年 11月 2009年 10月 2009年 09月 2009年 08月 その他のジャンル
記事ランキング
|
ファン申請 |
||