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139日目:親不知を抜ける(新潟県糸魚川市→富山県魚津市)
 朝から雨混じりの強い風が吹く悪天候。窓の外を眺めてため息をつく。
 しかし9時前に雨が上がったので出発する。昨日と同じ展開だ。
 雨は止んだもののの、風は止まなかった。進行方向のちょうど真向かい、西から強い風が吹き付ける。リキシャは全然前に進まない。平地ですらリキシャを押して歩かなければいけないほどだ。今日は試練の日になりそうだ。

 国道8号線を西へと進むと、難所として知られる「親不知」が現れる。ここは切り立った斜面が海岸線ギリギリにまで迫っているせいで、落石防止用のトンネルの中をくぐりながら進まなければいけない。アップダウンも激しく、しかもトンネル内はクネクネと曲がりくねっていて見通しが悪い。しかも厄介なことに、この道は化学製品やセメントなどを積んだ大型トレーラーが数多く走っているのだった。


【親不知のトンネル】

 このただでさえ危なっかしい道に、ノロノロと走るリキシャが混じることで、危険はさらに高まってしまう。もちろん僕はリキシャの後部に付けたLEDランプを点滅させながら進むわけだが、背後から「グググォー」という轟音を響かせながら迫ってくるトレーラーの圧迫感は、言葉では言い表せないぐらい怖かった。体中から汗が噴き出てきて、それを拭うこともできずに、とにかく一刻でも早くこの恐怖のトンネルを抜け出そうと、必死でリキシャを押した。


【これは旧道のトンネルか? 今は使われていないようだ】

 恐怖の親不知をなんとか抜けて、境川を渡ると富山県に入る。通過するのに6日間を要した長い新潟県をようやく抜け出すことができたわけだ。
 正午過ぎには雲が晴れ、日差しが出てきたのだが、西からの風はさらに勢いを増した。ペダルを踏みつけてもまったく前に進んでくれない。これだけの強風は北海道の稚内で経験して以来のものだ。

 このままでは体力を闇雲に浪費するだけなので、目についたドライブインで「風宿り」をすることにした。食堂は定休日だったのだが、自動販売機の横に置いてあるソファに座って一休みする。それにしてもすさまじい風だ。ガソリンスタンドの入り口に並んだのぼりがちぎれそうなぐらい激しく揺れている。

 1時間ほど風が止むのを待っていたが、いっこうに収まる気配がないので、諦めて出発することにした。漕げなかったら歩くまでだ。
 宮崎という集落では、漁師のおじさんが飲みかけのアクエリアスをくれた。
「この辺はタラが名物でな。『タラ汁』って看板を見ただろう? 昔はタラがたくさんとれて、この辺も賑わったんだけど、今はとれんようになってしまってな。よそから仕入れてるんだ」
 確かにここに来るまでのあいだ、『タラ汁』という看板をよく見かけた。ご当地グルメなのあろう。これを目当てに来る観光客もいるようだ。
 それからこのあたりには『ヒスイ』という看板も多かった。縄文時代からヒスイが産出し、勾玉に加工されていた場所らしい。



 海岸線を離れて入善町の平野部に入ると風はいくぶん弱まってきたが、それでもリキシャはノロノロとしか進まなかった。時速8キロから9キロ。ひどいときには5キロ台にまで落ち、そうなると歩いた方が速いのだった。

 50キロあまりの道のりだったが、向かい風に体力を消耗させられて、魚津市に入った頃には12ラウンドを戦い抜いたボクサーのようにクタクタに疲れていた。もうすっかり日が暮れていたので、とにかく何か口に入れようとスーパーの駐車場にリキシャを止めようとしたときに、後ろからパトカーに呼び止められた。
「そこの人力車、ちょっと止まりなさい」
 パトカーに乗った警官がわざわざマイクを使って命令した。今まさに駐車場に止めようとしているところに「止まりなさい」はないよなぁ、と既にこの時点でカチンと来ていた僕は、それでも素直に命令に従ってリキシャを止めた。
「あのー、君、これで国道を走ってたでしょ」
 メガネをかけた背の低い警官がパトカーから出てきて言った。赤いパトランプを点滅させたパトカーからは、彼に引き続いてがっちりとした体格の若い警官と中年の警官が降りてきた。おー、なにやらものものしいですね。
「はい。さっきまで国道8号線を走っていましたよ」
「車道を」
「もちろん」
 当たり前じゃないか。リキシャは軽車両だから車道を走らなければいけない。それは道路交通法に定められていることである。そんなことは交通課の警察官なら百も承知だろうに。
「実はさっき8号線を走っているドライバーから通報があってね。人力車が国道を走っているって」
「はぁ。それの何が問題なんですか? 軽車両が車道を走らなきゃいけないことぐらいご存じでしょう?」
「うん。ランプもちゃんとつけてるようだね。でもこれじゃ小さいな。もっと目立つようにしてくれないかな。危ないから。これを後ろに貼るなりして」
 そう言って警官は細長い反射板を貼り付けたテープを手渡した。100円ショップで売っているような安物くさい安全グッズだ。
「目立たない?」
 僕は驚いて言った。まさか。僕のLEDライトはかなり強力で、普通の自転車よりはるかに目立つはずなのだ。言いがかりもいいところである。だいたいこんなチープな反射板を取り付けたところで、リキシャがより目立つようになるなんてあり得ない。
「あのね、事故で死ぬのは僕なんですよ。僕だってこの年で死にたくなんてない。だからトンネルでも夜道でも、できるだけ目立つように工夫して走っているんです。だいたい僕のリキシャが本当に目立たないんだったら、通報したドライバーはどうしてこれが人力車だとわかったんですか?」
「まぁまぁ、あなたの言い分もわかりますけどね、もっと目立つようにしてくださいよ。それから一応、名前と住所だけ教えてもらえますか?」
「どうして? なにも違反なんてしてないでしょう? 軽車両で国道の車両を走った。有灯火で。それのどこが問題なんですか?」
 語気が荒くなってきたのは、疲れていたからである。肉体的な疲労がピークに達していて、イライラしていたのだ。これ以上無意味なことに時間を割きたくなかったのである。
 ここではっきりさせておきたいのは、道路交通法のどこを読んでも僕の行為は100%ノープロブレムであるということだ。完全無罪。一人のお調子者ドライバーがリキシャの出現にびっくりして、警察に110番しただけなのだ。お節介市民。文句があるのなら直接言えばいいのに。
「いや、だからですね、こっちも仕事でやっているんですよ」と警官は苦笑いを浮かべて言った。「なにも尋問しているわけじゃありません。ご協力をお願いしているんですよ」
「だから何のために!」
「市民から通報があってパトカーが出動したからには、手ぶらで帰るわけにはいかんのですよ。上司にも事の経緯を報告しなくちゃいけない。だからですね、名前と住所だけ教えてもらえませんか。お願いしますよ」
「わかった。わかりましたよ」
 これ以上突っ張っていても時間の無駄だと思ったので、僕は名前と住所を言った。若い警官はそれをきちんと手帳に記入した。
「それじゃ、気をつけて旅を続けてください」
 そう言って警官はパトカーに乗って去っていった。それはどうも。

 ふー。なんだか急に疲れを感じて、深いため息が口から漏れた。俺は今、何をしていたんだっけ。そうだ、スーパーで食べ物を買うつもりだったんだ。
 スーパーの入り口に向かって歩き出そうとすると、ひょろっと背の高い若者二人が近づいてきた。金髪にピアス、だぶっとしたズボン。年の頃なら18,9だろうか。
「お兄さん、いま警察と喧嘩しとったでしょ」
 一人がちょっと嬉しそうに言った。
「喧嘩はしてないよ。事情を説明していただけ。こっちは何も違反なんてしてないから」
 二人はリキシャに興味津々の様子で、シートを触ってみたりギアをのぞき込んだりしていた。
「これで日本一周しているの? マジすげぇね。カッケェ。これ、いくらしたの?」
「2万円。バングラデシュって国で作って持ってきたんだよ。カッコいいでしょ?」
「うん。マジ格好いいよ。俺も乗りてぇよ」
「でも大変だよ。今日みたいに向かい風が強いときにはね」
「そうか。頑張ってね。日本一周、絶対成功させてね」
「ありがとう」
 格好はやんちゃだったけれど、素直ないい子たちであった。彼らと話していると、警官とのやりとりでささくれ立っていた気持ちがなんとなく落ち着いてくるのがわかった。

 あの警官は「こっちも仕事でやっているんですよ」と言った。実際その通りなのだろう。彼だって彼なりに公僕としての職務を果たそうとしているのだ。それは僕にもわかる。
 でも、こっちだって仕事でやってんだ。と僕は思う。
 しかも命張ってんだ。トンネルの恐怖とも戦ってんだ。
 そこんとこ、わかってくれよな。頼むよ。


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本日の走行距離:54.6km (総計:5986.5km)
本日の「5円タクシー」の収益:15円 (総計:71665円)

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# by butterfly-life | 2010-09-24 00:25 | リキシャで日本一周
138日目:おじいさんの古時計(新潟県上越市→糸魚川市)
 朝起きると雨がざーざーと降っていたので、しばらく部屋で様子を見て過ごし、10時のチェックアウトギリギリになって宿を出る。するとさっきまでの雨が嘘のように晴れ上がっていた。
 ラッキー。たまにはこういうことがあってもいいよね。

 直江津の港から海沿いの道を西へと進む。三連休最後の日だからか、国道8号線は混み合っていた。
 坂の途中に止めた車から降りてきたのは板垣さん。ずいぶん前に僕のブログを見たことはあったが、新潟に来るとは思っていなかったので(当初は「日本を縦断する」と書いてあったから)、リキシャとすれ違ったときには「まさか」と思ったそうだ。しかしリキシャで日本を走っている人が他にいるはずはないと、慌てて車をUターンさせたのだという。
「僕は俳句が好きで、松尾芭蕉のことを調べていたんです。あの『奥の細道』の旅で、芭蕉はちょうどこの道を通ったんですよ。江戸を出発して、奥州から越後を通って大垣まで、150日で歩いているんですね。たったの150日ですよ。昔は道がもっと悪かったから大変だったと思うんですが、それでも5ヶ月で歩けるって事に驚きました」
 45歳の芭蕉が150日間で歩いた距離は約600里(2400キロ)。普段、車や電車での移動に慣れていると、1000キロや2000キロなんて人が歩ける距離でないように思ってしまうが、1000キロの道のりだって、一日50キロ歩けるとしたら20日しかかからないのである。
 人力は確かに遅い。でもコツコツと積み重ねていけば、意外なほど遠くまで行くことができる。千里の道も一歩から。僕はリキシャの旅でこの言葉の持つ意味を実感している。

 名立という漁村にある小さな食堂で、オダさん夫婦にお昼をご馳走してもらった。
「今からうまい食堂で昼飯を食べるんだけど、一緒にどう?」と誘われたのだ。
 建設会社と運送会社を営むオダさん夫婦は、仕事が休みの日には海が見える食堂に出かけて昼間からお酒を飲むのだという。ここは24時間営業しているトラック野郎向けの食堂なので、仮に酔っぱらっても酔いが醒めるまで座敷にごろんと横になって仮眠を取ることができるのだ。どうやらアジア的おおらかさに包まれた食堂のようだ。



 なんでも好きなものを注文しなさいと言われたので、サンマ定食とカニとイカの天ぷらキムチと野沢菜とを頼んだ。特に天ぷらは一夜干ししたイカをカリッと揚げてあってうまかった。
「あの『5円タクシー』っての、あれ1キロ5円なの?」とオダさんが聞いた。
「いや、違いますよ。特に値段を決めているわけではないんです。これも何かの『ご縁』ってことで、たくさんの人に乗ってもらっているだけです」
「そうなのか。いや、さっきうちのやつと話してたんだけどよ、トラックの運転手は1キロ走ると20円もらえることになっているんだ。基本給プラス歩合制だな。だから500キロ走ったら1万円と基本給がもらえる。それを考えると、1キロ5円っていうのは安すぎるよなぁ」
 もちろん安すぎる。はっきり言えばタダみたいなものである。だから「5円タクシー」を普通のタクシーだと勘違いされると(そういうことはまずないが)困ってしまうのだ。

 建設業も運送業もバブルの頃には信じられないほど儲かったそうだ。仕事は山のようにあり、札束がぼんぼん飛び交っていた。しかし儲かった分、使い方も荒かった。夜の町で豪遊して、一晩で100万使うなんて事もざらだった。今から考えれば馬鹿なことをしたなぁと後悔もしている。
「俺はいま51だけどよ、50年なんてあっという間だぞ。特に40歳から50歳までは本当にすぐに過ぎる。だから今のうちに後悔のないように、腹を決めてやった方がいいぞ」

 オダさん夫婦に別れを告げて、再びリキシャにまたがる。いつまでものんびりしたい気分だったが、そういうわけにもいかない。
 午後からは向かい風が強くなり、平地でもリキシャを押して歩かなければいけないほどだった。直江津から糸魚川までは40キロあまりと距離的には短かったが、お昼にたっぷり休憩したせいで到着は日暮れ間近になった。

 糸魚川の商店街の外れに店を構える近藤時計店のご主人は、なんと90歳だった。
「この時計屋は父親が始めたもんなんだ。大正の初めだから、今から100年ぐらい前になるかね。馴染みのお客さんもいるもんだから、閉めるわけにはいかないんだよ」
 近藤さんはもともと国鉄の職員だったのだが、時計屋を営んでいた父親が病気になったので、50過ぎで退職して店を継いだそうだ。それ以来40年、ずっとここで時計の販売と修理を行っている。



 お店の壁には古めかしい振り子時計がいくつも架けられていた。一日に一度ゼンマイを回してやらないと動かない大きなのっぽの古時計。ボーン、ボーンと重々しい音で鳴る、存在感のある時計。
「こういう時計って売れるんですか?」
「まぁ、ぼちぼちだなぁ。あんまりたくさんは売れないよ。でもうちは時計の修理もしているから、それでなんとかやっているんだ」
 腕時計の電池交換や故障した時計の修理など、馴染みのお客さんから依頼された仕事をこなすことで、なんとか店を続けられているようだった。
 それにしても、時計の修理という細かな手仕事を、90歳のおじいさんが現役でやっているというのはすごい。目も手も、もちろん頭もしっかりしていなければつとまらない。
「周りの人間は100歳までやりゃいいなんて言うけどな、そりゃちょっと無理だな。さて、あと何年続けられるか・・・」
 近藤さんは怪盗ルパンが使っていたようなルーペを右目にはめ、手元をライトで照らしながら腕時計の裏蓋をピンセットで外した。慣れた手つきだった。
 壁に掛けられた古時計はコッチコッチと律儀に時を刻んでいた。




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本日の走行距離:43.8km (総計:5931.9km)
本日の「5円タクシー」の収益:100円 (総計:71650円)

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# by butterfly-life | 2010-09-23 14:58 | リキシャで日本一周
137日目:頭痛に効く薬(新潟県柏崎市→上越市)
 頭痛は相変わらず続いている。頭の左の方がずきずきと痛む感じ。普段、ほとんど頭痛を感じることのない体なので、これがどういう種類の頭痛なのか判断がつかない。風邪にしては他の症状がないし、一応リキシャだって漕げる。特に問題はないのだが、気にはなる。

 昨日薬局で買った頭痛薬を飲む。「バファリン」ではなくて「バッサニン」。なんでもバファリンと同じ成分で値段は半分なのだという。薬版PB商品みたいなものか。成分が一緒ならもちろん安い方がいいわけで、このバッサニンを買ったわけだ。薬を飲むと痛みは消えるのだが、半日ほど経って効果が消えるとまた痛みだした。

 今日は80キロ以上先の糸魚川まで行くつもりだったが、あまり無理をしたくなかったので、ちょうど半分の地点にある上越市まで行くことにする。
 たいした距離ではないはずなのだが、海沿いの道はアップダウンの連続で苦労した。急な坂道を上っては下り、また上っては下る。高台は日本海が一望にできる絶景スポットらしいが、景色を楽しんでいる余裕はなかった。汗を拭いつつリキシャを引っ張り上げる。


【リキシャを見て集まってきた御一家】


 柏崎市を抜けて上越市に入ると、アップダウンはいくらかマシになった。国道8号線を離れて、住宅街のあいだを走る道を行く。
 しかし頭痛のせいなのかはわからないが、今日はあまりいい出会いに恵まれなかった。仕方ない。こういう日もあるさ。

 直江津の近くで上越よみうり新聞の記者さんから取材を受ける。
「あとどのぐらいで終わりますか?」との問いに、
「2週間です」
 と答える。ゴールとラストランの日程を決めてしまったから、2週間後にはこの旅を終えて東京に戻ることになる。あと2週間。今までの長い道のりを考えたら、もう残りわずかと言ってもいい。

 今日のような体調の悪い日には、旅の終わりが待ち遠しくなる。こんなしんどい毎日から早く抜け出したいと思う。
 でもその一方で、心に残る出会いが生まれると、まだ旅を続けたいという気持ちが湧いてくる。
 長旅の終わりになると、僕はいつも「続けたい」と「終わらせたい」とのあいだで心が揺れ動くことになる。


【バイクで追いかけてきたおじさん。赤いエプロンは防寒用の装備なのだそうだ】

 上越市では温泉付きのビジネスホテルに泊まった。
 泊まり客ならタダでは入れる大浴場には、8種類の薬草を煮出したという深緑色のお湯が張られていた。浴室の中には漢方薬のにおいが漂っている。その名もずばり「漢方の湯」。
 壁に貼られた効能書きには「漢方エキスが毛細血管を通じて染みこみ、自然治癒力を高めてくれる」とある。確かにこのお湯、浸かってみるとピリピリと肌が傷む。いかにも効きそうだが、さて頭痛には効いてくれるのであろうか。


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本日の走行距離:47.3km (総計:5888.1km)
本日の「5円タクシー」の収益:20円 (総計:71550円)

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# by butterfly-life | 2010-09-22 21:26 | リキシャで日本一周