今日は晴天に恵まれて、絶好の稲刈り日和になった。
黄金色に色づいた田んぼには、コンバインの姿が目立つ。ここのところずっと雨がちだったから、どの農家もこの晴天を利用して稲刈りを終えてしまおうと必死なのだ。今日は土曜日なので、平日働きに出ている兼業農家にとっても都合がいいようだ。 「今日は一家総動員だな」とすげ傘をかぶったおばあさんが言う。「明日も雨の予報だからよ、みんな急いでるんだ。今年の夏は暑かったから、米の出来はいいんでねぇか」 農協の倉庫も大忙しだった。収穫を終えた農家のトラックがひっきりなしに出入りしている。9月18日は新潟の農家にとって一年で最も忙しい日になったようだ。 リキシャの旅を始めた3月には、まだどの田んぼにも苗は植えられていなかった。その頃は天候不順で肌寒い日が多く、長期予報では冷夏だと言われていた。それが一転して酷暑の夏になり、9月に入っても残暑厳しく、ようやく暑さが一段落したところで収穫を迎えたわけだ。 巡る季節。ずいぶん長いこと旅をしてきたもんだと改めて感じる。 三条市から長岡市までは平坦な道のりだったが、そこから柏崎に至る国道8号線は峠越えの道だった。雨の中を走り続けてきた無理がたたったのか、ここのところずっと頭痛に悩まされている。今日も午後からだんだん頭が痛くなり始めて、頭がぼんやりとしてきた。なのに坂道を上らなければいけない。 少し歩いては休み、また歩いては休む。それを繰り返して、なんとか峠の頂上までたどり着いた。 そこから下り坂を一気に駆け下りて、柏崎市に入った。2007年に起きた新潟県中越沖地震によって火災が発生し、運転を停止したあの柏崎刈羽原子力発電所を擁する町である。 この原発は東京電力が管理しているので、作られた電気ははるか遠く東京にまで運ばれている。巨大な送電用の鉄塔がいくつも連なって山を越えていくのが見える。 *********************************************** 本日の走行距離:61.6km (総計:5840.8km) 本日の「5円タクシー」の収益:70円 (総計:71530円) *********************************************** #
by butterfly-life
| 2010-09-21 21:58
| リキシャで日本一周
今日も早朝から雨模様だった。前線の動きが不安定らしく、毎日天気がころころと変わる。
最近、毎日のように雨のことばかり書いているので自分でも飽き飽きしているのだが、実際リキシャにとって雨は大問題なので書かないわけにはいかないのだ。 雨が上がったのは9時過ぎだった。のんびりと支度をして、10時に出発。しかししょっぱなからトラブルに見舞われる。リキシャの左ペダルが踏み込むたびに「ギギギ」という不吉な音を発しだしたのだ。一瞬、またクランクの故障かとも思ったが、どうもそうではなさそうだ。ペダルそのものに不具合が発生した模様。 しばらく走ったところに古い自転車屋があったので、ペダルの交換をお願いする。 「こりゃなんだい?」と店主は目を丸くした。「俺は70年生きてきたけど、こんな自転車を見たのは初めてだ」 僕はいつものように事情を説明した。これはバングラデシュから持ってきたリキシャという乗り物なんです。これで日本を一周しています。もう4ヶ月以上これに乗ってきて、いろんなところにガタが来ているんです。 「・・・というわけで、ペダルを交換して欲しいんですが」 「そりゃいいけどよ、こんな旅をしてゼニはどうするんだい?」 「そりゃまぁ、お金は必要ですね」 「そうだろう。『5円タクシー』なんて言って儲かるわけないもんなぁ。しかし、どうしてこんなことをやろうって気になったんだ? それが不思議だなぁ」 おじさんは「若い奴の考えることはわからん」と首をひねりながらも、どこか楽しそうだった。初めて見るリキシャに興奮を抑えられないようだ。 「こういう古い型の自転車は、最近の若いもんには直せんよ。技術を持った職人じゃないとな」 「ずっと自転車屋をやっているんですか?」 「ああ、そうだよ。あんたが生まれる前からずっとだ」 おじさんはリキシャのペダルをぐいっと力を込めて外し、その代わりに店にストックしてあった中古パーツを取り付けてくれた。ついでにクランクとペダルとを繋いでいるピンも交換してくれた。修理が終わると、さっきまでの不快な音はもうしなくなっていた。おぉ、素晴らしい。 「完璧です。ありがとうございました。おいくらですか?」 「いらんよ。タダでいい」 「本当ですか?」 「あぁ、あんたもゼニが必要だろうからな。その代わり、ときどきでいいからよ、新潟の自転車屋のことを思い出してくれや」 粋なセリフをさらりと口にできるのが格好良かった。根っからの職人なのだろう。つっけんどんな口調の中に、情の厚さが垣間見えた。 新潟市の南部には果樹園が広がっていた。ナシや桃やぶどうなどの果樹が延々と続いている。 果樹園ではときどき「ボン!」という号砲のような炸裂音がこだまするのだが、これは果実を食べに来る鳥を追い払うための装置である。周りが静かなだけに、いきなりの「ボン!」はかなり心臓に悪い。それからAMラジオを大音量で流しているところもあったが、これも鳥害対策のひとつのようだ。 【おいしそうなナシ】 軽トラックに乗ったおじさんが「兄ちゃん頑張ってるなぁ」と言って、とれたばかりの桃を二つくれた。 「これは日本最後の桃だ」とおじさんは言う。「桃は夏の果物だろう。でもうちで作っている品種は収穫が9月なんだ。だからこれが今年日本で食べられる最後の桃だ」 その桃は休憩のときにナイフで皮を剥いて食べた。果肉は硬めだったが、それでいて甘味がしっかりとあっておいしかった。 3時頃に再び雨が降りだした。ザーッという強い雨が突然降ってきたので、きっとにわか雨だろうと農家の倉庫で雨宿りをした。案の定、20分ほどで雨は上がり、すぐに日差しも戻ってきた。 巨大な虹が現れたのは、雨上がりの果樹園をゆっくりと走っているときだった。東の空に太くてくっきりとした色彩のアーチが出現したのだ。これはすごい。ここまで鮮やかな虹を見たのは、生まれて初めてかもしれない。よほど条件が良かったのだろう。太陽のある西の空はきれいに晴れ上がり、東の空にはまだ雨を含んだ雲が残っている。 僕はリキシャを止めて写真を撮った。リキシャに架かるレインボーアーチ。自然が作り出した七色の橋は極彩色のリキシャに見事にマッチしていた。 ここ数日雨に悩まされてばかりだったけれど、こういうご褒美がもらえるのなら雨もいいもんだ。そう思えた。 今日は長岡市まで行くつもりだったが、雨とリキシャの故障とで思うように進めなかった。 仕方なく、新潟市から40キロのところにある燕三条に泊まることにする。上越新幹線の駅のそばに造られた人工的な町だ。 *********************************************** 本日の走行距離:39.6km (総計:5779.2km) 本日の「5円タクシー」の収益:0円 (総計:71460円) *********************************************** #
by butterfly-life
| 2010-09-20 21:20
| リキシャで日本一周
ここのところずっと不安定な天気が続いている。昨日は爽やかに晴れ上がったものの、今日はまた雨模様だ。
いつ雨が降り出してもおかしくないような鉛色の空を見上げながら荷物をまとめて宿を出ると、それを待ちかねていたように雨がぽつぽつと落ちてきた。あぁ・・・。 カッパを着てリキシャにまたがる。まだ小雨なので、本降りにならないうちにできるだけ進んでおくことにしよう。 海岸線をしばらく進むと、稲刈りをしているおばさんたちに出会った。稲刈り機ではなく、カマを使った手刈りだった。 「この田んぼはちっちぇし、土がぬかるんでいるから機械も入れないのよ」 とまもなく80歳を迎えるというおばあさんが言った。 「子供の頃からこうやって稲刈りしてきたから慣れたもんよ。でもよぉ、近頃は体のあちこちにガタが来ているんだ。膝も腰もよくねぇ」 そう言うわりには、おばあさんのカマさばきは的確で素早かった。さすが大ベテランである。 このあたりは海岸線のすぐそばまで山が迫っているので平地が少なく、他人に売るほどたくさんの米がとれるわけではない。小さな田んぼに家族が食べる分だけの稲を植えているのだ。 刈り取った稲は、竹の棒を何本も並べた台に吊して、一週間程度乾燥させる。これは『はさがけ』という昔からの乾燥法で、こうして天日干ししたお米は機械で乾燥させた物より味がいいのだそうだ。 カマで稲を刈るのは女性の仕事で、それを運んで『はさがけ』にするのは男性の仕事だった。こういう男女の役割分担はアジアの国々とも共通している。田植えも稲刈りも主役は女性である。男はそのサポート役に徹する。昔の日本もおそらくそうだったのだろう。 ところで、このあたりに住むおばさんたちはみんな頭に頭巾のようなものを被っているのだが、これが何なのか、前々から気になっていた。まるでムスリム女性が被るチャドルのように、目のところだけがスリット状に開いていて、外から顔が見えないようになっているのだ。 「これは『おかぶり』っていうの」 と稲刈りをしているおばさんが手を止めて説明してくれた。もちろん彼女もおかぶりを被っているので、こちらからは目しか見えない。 「江戸時代の殿様が助平だったんだ。よく田んぼさやってきて、気に入ったおなごをお城に連れて行ったんだって。でもやりたいことが済んだら、そのおなごは城の外にポイよ。そんなことがあったんで、ここらのおなごはみんな『おかぶり』を被るようになったって話さ」 なるほど。なかなか興味深い話である。この話が本当なら、ムスリム女性に似ているという僕の第一印象もあながち的外れではなかったということになる。ムスリム女性がブルカやチャドルで顔を覆うのは、「美しいものは隠しなさい」というコーランの教えに基づいている。既婚女性を他の男たちの無遠慮な視線から守る目的があるのだ。 「今は助平な殿様はいないけど、おかぶりは農作業には便利なんだよ。日焼けもしないし、ゴミやホコリなんかも防げるから」 「おかぶりをとってもらえませんか?」 「ダメダメ。私は顔に自信がないから、ダメ。美人も、そうでない人も、これ被っていると同じでしょ? それがいいんだ」 そういうわけで、おかぶりの下にどんな顔が隠されているのかは残念ながら確認できなかった。 稲刈りをする人々も雨をあまり気にしていない様子だったが、それは釣り人も同じだった。雨が降ろうが風が吹こうが、暑かろうが寒かろうが、釣り人というのは一貫して同じ姿勢をとり続けることができる気の長い性質の持ち主のようだ。たいしたものである。飽きっぽい僕なんかが手を出す趣味ではなさそうだ。 朝方は小雨程度だったが、走り出して2時間もすると本降りになってきた。しかし今さら走るのを止めるわけにもいかないので、カッパを着てリキシャを漕ぎ続けた。 村上市から新潟市までの道のりで特に記すべきことはほとんどない。ただただ雨に打たれて、頭の先からつま先までぐっしょりと濡れて、それでもひたすら前に進み続けた。これ以上進めないほど雨脚が強まったときには、農家のガレージで雨宿りをさせてもらったが、それ以外はずっと走り続けていた。 そうそう、胎内市で驚いたことがひとつあった。それは高さ40メートルもある巨大な像が突然目の前に現れたのである。看板には「親鸞聖人の像」とある。普通、こういう立像はお釈迦様や観音菩薩などをモデルにしているものだが、実在した親鸞聖人が巨大化して立っているというのはちょっと違和感がある。しかもコンクリートの質感そのままで、作りが粗いのである。顔の造形もマンガっぽい。誰がどのような目的で作ったのかは不明だが、そのチープさも相まって見た目のインパクトはなかなか強烈だった。 【親鸞聖人の立像。コンクリートの質感がチープだった】 雨宿りに時間を取られたせいで、新潟市街に入ったときにはもう日が暮れてしまっていた。雨降りでしかも夜。一番走りたくないシチュエーションだが、今日はなんとしてでも新潟市まで行くんだと決めていたので、我慢して進む。 本日の走行距離は79.5キロ。雨と風に一日中悩まされ続けたことを考えれば、相当に頑張ったと思う。やれやれ、本当に疲れました。 *********************************************** 本日の走行距離:79.5km (総計:5739.6km) 本日の「5円タクシー」の収益:0円 (総計:71460円) *********************************************** #
by butterfly-life
| 2010-09-19 19:29
| リキシャで日本一周
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■ 新しいブログへ ■ 三井昌志プロフィール 写真家。1974年京都市生まれ。東京都在住。 機械メーカーで働いた後、2000年12月から10ヶ月に渡ってユーラシア大陸一周の旅に出る。 帰国後ホームページ「たびそら」を立ち上げ、大きな反響を得る。以降、アジアを中心に旅を続けながら、人々のありのままの表情を写真に撮り続けている。 出版した著作は8冊。旅した国は39ヶ国。 ■ 三井昌志の著作 「渋イケメンの国」 本物の男がここにいる。アジアに生きる渋くてカッコいい男たちを集めた異色の写真集です。 (2015/12 雷鳥社) カテゴリ
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